店に入る前に源次に言っていた。
「台に座ったらすぐ電波飛ばすから離れた所から見ててな。ブロックとかいらないから」
「分かりました…」
人にゴトを見せる時に、臆病な姿勢は禁物であった。
その人間の限界値の設定が低くなってしまう。
僕が源次にブロックを頼めば、源次は自分がやる時もブロックを付けようとする。
余計なお金が掛かるし、最初から守って貰おうとする、その根性が嫌いだった。
まるでビザを持たない臆病な〇国人のようだからである。
僕が出会う〇国人は、皆なにがしかの泥棒だった。
世界が狭かったのである。
彼らと同じに見られたくなくて、どんな時でも僕は必ず無理をした。
震えはいつも必死に抑えた。
僕を怖がりだと本気で言った人間はゴトの期間を通して一人もいない。
逆に狂っていると思われていた。
震えを必死に隠している自分がいつも笑えた。
震えはもう友達だった。
みっともない犯罪者である。
狙い台の名前はふせる。
この道具が使えるスロット台は、設定切り替えゴトが流行る前まではパチンコ屋に納入される時の初期設定が6であった。
後に変わる。
左手に道具の入ったセカンドバックを持って店へと入った。
この時期のギンパラ電波ゴト道具はセカンドバックなど持たない全身装着タイプの物に切り替わっていたがパチンコ屋の中にはまだ知らない所もあった。
セカンドバックが似合わない格好で店に入れば、それだけでギンパラ電波ゴトと勘違いされて疑われる。
しかたなく僕はこの日スーツを来ていた。
僕のスーツ姿を見てリュウがニヤニヤしていた。
「ニヤニヤすんな。殺すぞ」
それだけ言った。
狙い台はまだホールに導入され始めたばかりの物であったがこの当時のそこそこ人気機種であった。
どこの店に行っても何台かは設置されていた。
緊張する事なく店の一角を占めるスロットコーナーへと着いた。
狙い台の半分ほどにお客さんが座っている。
天井を見上げてセンサーの有無を確かめた。
無い…
狙うのは角台が良かったのだが空いていない。
しかし空くのを待ったりすれば余計な緊張に包まれる。
何よりも面倒であった。
店員を恐れる気持ちは、いつも無理矢理押さえ込んだ。
来るなら来いと思っていた。
必ずしのぐ…
狙い台の列に入る前に、座る台を遠間から決める。
列の中ほどの両隣が空席の台に決めた。
列の中へと入る。
一般のお客さんがしない動きは極力さける。
簡単なのが自分で打つと決めた台から目を離さない事であった。
一般のお客さんは意識していないだろうが驚く程に自分の台に集中している。
お金が賭かっている以上当然であった。
カメラや店員の事は意識から外して狙い台の前に立つ。
そんな物を気にしている一般のお客さんは皆無である。
たまにキョロキョロしているのは、綺麗な女のお客さんや、可愛い女性店員を、エロさを隠してノゾキ見している視姦野郎ぐらいであった。
ゴトさえしていなければ僕も似たような物である…
男とはなんと残念な生き物なのであろう…
反省!
しない…
疑われている可能性がゼロの段階でフワフワするのはヘボである。
左手にセカンドバック…
右手に電波を飛ばす為のリモコンを握り込み、指でコインを買う為の千円札を持っていた。
狙い台に座る直前にひと呼吸置く。
近くに座るお客さんが誰が横に座るかを確認するからである。
これはパチンコやスロットを打つ一般のお客さんが必ずやる動きであった。
自分が勝手に張った縄張りに踏み込まれる事を、誰しも警戒するのである。
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