興奮が痛みを忘れさせている。
それまで、ほとんど食事をしていなかった無職男は長く走る事が出来なかった。
男性アルバイトは痛みを認知する前に無職男を取り押さえる事が出来た。
無職男は観念したようにその後は大人しかったと言う。
捕物の一部始終を見ていたコンビニの同僚が男性アルバイトの腹部を染める血の色に気付いて救急車を呼んだ。
この時、男性アルバイトは普通に同僚と会話をしている。
痛みに気づかず刺された後も走り廻った結果なのであろう…
数時間後に病院で帰らぬ人になった。
救いが無い事件だったと記憶している。
悪党を捕まえるなと僕は言いたい訳では無い。
捕まえる場合は、覚悟と武力と、自分の安全を、きちんと計算出来る冷静さを持つべきだと思う。
油断は大敵なのである。
追い詰めた所が決して勝ちでは無い。
無事に捕縛して初めて勝ちである。
それを忘れた時、男性アルバイトの死は無駄になる…
結果に対して世論が勇者を讃える事は無かったからである。
いらない事を書いたような気もする…
しかし、彼の死が、本当の無駄にならない事を願いたい。
源次を携帯で呼んで、近くのコンビニに良夫ちゃんの車で来るように言った。
良夫ちゃんがふて腐れ気味に言う。
「なんでぶつんですか〜」
「無事に逃げられたじゃん。感謝せいや…」
ブツブツ不満を言っている。
もう一発張り飛ばしたい気分を抑えて言った。
「何枚通して何枚通ったの?」
良夫ちゃんは何故か挙動不審になった。
ん?
「何?少しなの?」
僕が見た感じだと20枚ちかくは受付機を通っているように感じていた。
良夫ちゃんがシャツの胸ポケットから変造カードを取り出す。
「はい… これです…」
そう言って僕の目の前にカードの束を差し出した。
そのカードを受け取る。
あれ?
多くないか?
「え?これ通らなかった奴?」
それにしても厚みがある。
30枚近いように感じた。
良夫ちゃんがモジモジしている。
は?
「何?ほとんど通らなかったの?」
「いえ… 31枚通しました。使える奴は10枚ぐらいでした…」
良夫ちゃんの能書きを聞きながらも僕は受け取ったカードを数えていた。
29…
30…
31…
枚数が進む度にキレそうになる自分が居た。
何故あの時、後頭部を平手では無く、コブシで殴らなかったのかと後悔する僕が居た。
良夫ちゃんは使えるカードと使えないカードを、まぜてしまっていた。
見た目で、使えるカードと使えないカードを特定する事は出来ない。
「何やってんの!?馬鹿なの!?」
良夫ちゃんが照れ笑いでニタニタした。
使えるカードと使えないカードをまぜたと言う事は、この店での全ての行動が無駄になったと言う事である。
笑ってんじゃねーよ!
てか笑う所じゃないよ…
力が抜けてしまう。
笑ってごまかす元気な子…
反省と言う言葉を知らない良夫ちゃんには、何を言っても無駄である。
しかしこの程度の事は良夫ちゃんの日常であった。
僕は慣れていた…
文句の言葉を飲み込んで黙って源次の到着を待つ。
その間に今のパチンコ屋で起こった事を思い返していた。
源次が到着する頃には、良夫ちゃんが受付機に安全に変造カードを通す方法をいくつか思い付いていた。
上手くいけば良夫ちゃんが僕達を救うような気がする。
馬鹿とハサミは使いよう…
そう思っていた。
良夫ちゃんは、何はともあれ、一気に30枚もの変造カードを受付機に通している。
多分僕には出来ない。
必ず常識が邪魔をしてしまう。
良夫ちゃんは、ゴト師として、努力では手にする事が難しい、誰もがうらやむ物を持っていた。
見た目が犯罪者に全く見えない…
それが全てを許していた。
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