流転 34

どうしてこう言う向こう見ずな人がいるのだろうか。

弱そうに見える老人だから自分でどうにか出来ると考えてしまうのだろうか。

世の中の悪意を知らな過ぎる。

相手が凶悪な犯罪者であった場合、手が出る事は普通に起こる。

例え弱そうに見えたとしても、人は追い込まれたら簡単に牙をむく。

正義を振りかざす場合、自分の武力を計算しない奴は馬鹿である。

この女性店員は、痛いでは済まない状況になる事があるなどと想像もしていないのであろう。

頭に昇ったアドレナリンが恐怖を忘れさせているように見えた。

周りに見える店員は全て女性だったが、この店のどこかには必ず男性従業員も居るはずである。

まずは男に通報するのが正解ではないだろうか。

良夫ちゃんとは言え、捕まえられそうになれば暴れるのである。

自分から手を出す事は無いが、掴まれた場合は、いつも激しく抵抗していた。

相手が女性だからと言って遠慮する犯罪者は少ない。

この時、助かったのは、良夫ちゃんでは無く、女性店員の方だったのかも知れない。

僕は固まりから解けて大股で良夫ちゃんに近づいて後ろから力いっぱい良夫ちゃんの後頭部を張り飛ばした。

「じいちゃん!パチンコすんなって言ったろ!ばあちゃん待ってるよ!来いよ!」

同時に良夫ちゃんの襟首を後ろから掴み外に向かって引っ張り歩き出す。

女性店員が、ひるんだように後ろに下がった。

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良夫ちゃんは何が起こったのか分からないようであった。

僕に抵抗している…

構わず引っ張る。

なぜか良夫ちゃんは踏ん張ったりしている。

ジジィ…

ふざけんな!!

なんのこっちゃである…

「良いから来いって!」

良夫ちゃんの勘の鈍さは天下一品であった。

怯えた顔で僕を見つめて踏ん張りながら良夫ちゃんが叫ぶ。

「なんですか!?なんなんですか!?」

必死の抵抗であった。

僕は笑いを必死にこらえた。

女性店員も怯えた顔で僕を見ている。

他の女性店員やお客さん数人も僕達を興味深げに見ている。

恥ずかしいだろが…

孫に敬語のじい様もおかしいだろ…

このままでは僕の作戦が破綻してしまう。

「分かった。もうぶたないからおいで…」

優しく言ってみた…

良夫ちゃんの踏ん張りが緩んだ。

襟首から手を離して腕を掴んで引っ張りながら店の外に出た。

そのまま早足で駐車場の外へと向かう。

後ろを振り向いたが僕達を追い掛けて来ている人間は誰もいなかった。

カウンターの女性店員は、お笑いのツッコミのような、見た目だけ派手な頭ビンタに間違いなく怯んでいた。

暴力を目の当たりにした時、女は思考が停止する事を学んだ。

この店のカウンターの女性店員は正義を振りかざして前面に出て来て良いタイプでは無い。

悪党を退治するには全てが足りない女だと思った。

勢いだけのアホ女である。

この当時見たニュースの中に、いつまでも僕の頭を離れない事件が一つあった。

犯罪者を捕まえようとして逆に刺し殺された人の事件である。

犯罪はパン一個の万引き。

刺し殺されたのは、まだ若い、男性コンビニアルバイト。

大学でラグビーをやっていたと言う。

加害者は、道端に段ボールハウスを作って寝床にしている、住所不定、無職の、60代後半の男であった。

逮捕された無職男は、後の供述で、こう言った。

「お腹が減って死にそうでした。追い掛けられて頭が真っ白になりました。ナイフは段ボールを住みやすいように切ったり生活で使う為にいつも持っていました。護身用ではありません。刺した時の記憶は全くありませんでした。手に血の付いたナイフを見て、後で刺した事を断片的に思い出しました」

この無職男の供述に多分嘘は無い。

人は興奮が自分の許容量の限界を越えると記憶がとぶ事がある。

思わぬ力も出る。

追い掛けられて興奮が極度を越えた無職男は、必死になって、明らかに若さや体力で負ける男性アルバイトにナイフを突き刺した。

ナイフは腹へと刺さった。

無職男は、ひと刺しで逃げた。

刺された男性アルバイトは体に何かが当たっただけだと思った。

痛みは余り感じ無かったと言う。

直ぐさま無職男を、また追い掛けた。

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