流転 33

え?

点検なし?

良いの!?

疑問ばかりが頭をかすめる。

しかし直ぐに我に帰った。

もう限界だ…

この先は間違いなく疑いを招く…

女性店員が完全にコチラに背中を見せている事を確認して良夫ちゃんに小さく強い声で言った。

「もう限界だよ!向こうの扉から外出な!」

良夫ちゃんが不思議そうな顔をして言った。

「まだ平気ですよ。あと少しですから」

くっ!

無理だっての!

首ねっこを引っつかんで引きずってでも外に出たかった。

しかしそんな事が出来るはずがない。

良夫ちゃんと会話をしている所をカウンターの女性店員に見られたくもない。

僕は衝動を抑え良夫ちゃんから離れた。

クソジジィ!

なんて奴だ!

良夫ちゃんの非常識は知っている積もりだったが、またもや僕の予測の上を行っていた。

知恵と言う名の常識や恐怖が僕の限界を低く設定している。

怖い物は怖いのだ…

僕はそこまでアホにはなれん…

券売機でカードを買う事なく僕は近くのジュースの自販機に向かい歩いた。

手に負えない…

そう思っていた。

ポケットから小銭を出して自販機に投入しながら良夫ちゃんの後ろ姿を見た。

何事も無かったかのように変造カードを受付機に通し続ける良夫ちゃんの後ろ姿がソコにはあった。

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飲みたくもない缶コーヒーのボタンを押しながらわずかに見えるカウンターの女性店員を見た。

目が良夫ちゃんを注視しているように見えた。

良夫ちゃんは自分が見られている事に気付いていないのか堂々とカードを通し続ける。

何かを恐れている雰囲気は皆無である。

受付機がカードを読み取らないのであろう、叩いたりしている。

それはやめろ…

アホか!

僕は良夫ちゃんが受付機を叩く度にドキドキした。

この時何枚目を通しているのか分からなかったが良夫ちゃんの挙動が突然怪しくなった。

なんだ?

コーヒーのプルトップを引き、飲みながら良夫ちゃんを注視した。

本来はゴト行為をしている仲間を注視する事など許されない。

僕の視線が店員の視線を誘導してしまう。

しかし良夫ちゃんの様変わりした動きに視線が離せなかった。

良夫ちゃんはズボンのポケットやシャツの胸ポケット辺りを仕切りにまさぐっているように見えた。

しまいには足元を見て何かを探すようにキョロキョロしている。

何やってんだジジィ!

カウンターをチラリと見ると、その動きに女性店員が反応していた。

完全に何かを疑った顔をした女性店員が、早足で良夫ちゃんに殺到していた。

僕は一歩出遅れた。

ほら見ろ…

ホントめんどくさいジジィだな…

どう助けるのが良いか、一瞬で決まった。

女性店員が良夫ちゃんを掴むなり詰問するなりする前に良夫ちゃんの頭を後ろから僕が張り飛ばす。

じいちゃん!

パチンコやっちゃ駄目だって言っただろ!

ほら帰るよ!

そう言って女性店員を無視して良夫ちゃんの腕を掴み外に無理矢理引きずり出す。

良夫ちゃんの後頭部を平手で派手に叩けば女性店員は言葉を失うであろう。

それにより点検をうやむやにする。

僕の気も晴れる…

おじいちゃんの頭を張り飛ばす孫作戦…

それで行こうと決めた。

僕の中では助ける事がメインでは無く、頭を張り飛ばす事がメインであった。

多少女性店員に掴まれているぐらいならば通じると思えた。

出だしが一歩遅れた事により良夫ちゃんは女性店員に掴まれるような気がした。

構わず僕はユックリ歩く。

他の店員の視線を集めたく無かった。

女性店員が良夫ちゃんのすぐ近くまで来た時に良夫ちゃんが体を彼女の方に向けて声を上げた。

「もおー!なんで来んの!邪魔だなー!帰るよ!馬鹿!」

僕は良夫ちゃんの5、6歩手前で固まった。

女性店員はひるまなかった。

「そのカード見せて下さい!」

その女性店員の顔が余りにも必死だったので僕は吹き出した。

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