流転 32

少し離れた所で女性店員の動きやカウンターの女性の動きを見るともなく見た。

余り不自然な動きを僕がすればそれが疑いを招く。

普通のお客さんがしない動きは絶対にしてはいけないのである。

見張りで1番やってはいけない事は店員を観察する事であった。

中でも店員と目を合わせる事は絶対にしてはいけない。

視線が合えば店員は何か自分に用事があるのかと思う。

通常普通のお客さんが店員と目を合わせるのは用事がある時だけである。

もしも良夫ちゃんが女性店員に取り押さえられそうになった場合、二人の間に僕が割り込む。

その間に良夫ちゃんを逃がす。

それが早いと考えていた。

そう考えてふと気付いた。

良夫ちゃんの言う通り女性店員を相手にするのならばいきなり暴力的な取り押さえかたはしないであろう。

最悪の状況の時でも暴力を使わず恫喝だけで逃げられる…

良夫ちゃんは良夫ちゃんなりに考えたんだ…

汚いけど…

この方法も、有りなのかなと少し思った。

とりあえず良夫ちゃんの近くの台に座ろうと思い、その店のパッキーカードを千円分だけ買おうと思い受付機の横にある券売機へと歩き出した。

良夫ちゃんが受付機にカードを通している後ろ姿が僕の正面に見えていた。

その後ろ姿は完全に不審者に僕には見えた。

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この時良夫ちゃんはカードを20枚以上受付機に既に通していた。

良夫ちゃんは店に入ってすぐに何のためらいもなく、周りを観察する事もなく、いきなりカードを受付機に通した。

数分良夫ちゃんに遅れて店に入った事で僕はソレに気付いていなかった。

まだ5枚ぐらいだろうと思っていた。

疑われるには早い…

10枚越えたらやばいな…

そう思っていた。

受付機の横にある券売機に向かい歩いて行くと右手のカウンターが視界のハジに入った。

カウンターの女性店員が良夫ちゃんを見ながらカウンターから出た。

あ…

ばれた…

早いよ!

ジジィ!

いたずら心が騒ぎだす。

どうやって良夫ちゃんがシノぐのかが見たくなった。

一度震えさせておけば次からは僕の言う事を聞く…

よし!

僕は良夫ちゃんとカウンターの女性店員の間に入る事をやめて良夫ちゃんの左側にある券売機に向かった。

カウンターの女性店員は間違いなく良夫ちゃんに向かって来ている。

吹き出しそうな笑いをこらえて女性店員よりも早く僕は券売機に着いた。

首を右に曲げて良夫ちゃんの手元を見た。

うわ!!

マジでか!!

あろう事か良夫ちゃんは全ての変造カードを堂々と左手に持っていた。

自分のニヤケた顔が凍り付いたように感じた。

言い訳は何一つ通らない事を確信した。

良夫ちゃんの横顔をチラリと見ると顔は受付機の方に向いていたが目だけで女性店員を捉えているように見えた。

横目…

完全にゴトの初心者の動き。

私は悪い事をしています…

横目が全てを物語る。

どうせ見るならば首ごと相手に向けて見るのが正解である。

こりゃダメだ…

完全にバレた…

遊んでいる状況では無い事を理解した。

同時に体が動く…

その刹那、良夫ちゃんが女性店員に向かい駄々っ子のような声をあげた。

「自分で出来るよ!来るなよ!あっちいって!」

手は犬を追い払う時のようにシッシッっとやっている。

時間が一瞬停止した。

僕は良夫ちゃんの左側で固まった。

視界に女性店員が良夫ちゃんの2メートルほど手前で立ち止まるのが入っていた。

女性店員の眉間に一瞬グッとシワがよる。

怒った!

一瞬の間を置いて今度は良夫ちゃんが大袈裟なジェスチャー付きでハッキリと言った。

「シッシッ!」

犬か!

驚くべき男である。

人様に向かってシッシッなどと本気でやる奴を初めて見た。

やられた女性店員は屈辱の顔をしている。

僕は横で見ていてカードを点検される事を覚悟した。

しかし女性店員の取った対応は僕の予測の逆だった。

きびすを返してカウンターへと戻り始めたのである。

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