罵り合う二人…
はっきり言って帰りたい。
しかし帰るなどと言えば良夫ちゃんに根性無しなどと言われ続ける事になる。
それは例え抜け作の良夫ちゃんが吐く言葉でも僕にとっては許されない。
手下達の前で逃げたなどと言われたら全てがオジャンであった。
良夫ちゃんが簡単だと言う以上やらせるしかない。
結果、何かあれば僕が助ける事になる。
見捨てる事が何故か出来ないのであった。
理由は今でも分からない。
ちなみに良夫ちゃんより年上の手下はいたが僕は何一つ同情した事がない。
罵り合う二人に言った。
「もう良いから!出来るって言うならやって来たら良いよ。危なかったら自分で逃げて来なよ。助けないよ。分かった?」
良夫ちゃんは不満げな顔で恨めしそうに僕を見た。
「分かったの!?」
ふて腐れ気味に良夫ちゃんが答えた。
「分かりました…」
行くのかよ…
僕も源次も、ただ呆れていた。
間違いなく、すぐに捕まるとしか思えなかった。
余りにも不安だったので聞いた。
「ちなみにどうやって通す気なの?」
「え?普通に」
作戦無しかよ!!
呆れはあっさり飛び越えた。
何が普通にだよ…
普通じゃないくせしやがって!
僕は、取り押さえられた良夫ちゃんを、どう助け出すかを考え始めた。
良夫ちゃんは本当に策など何一つ持っていなかった。
ただ単に女と言う生き物を舐めていた。
女に、男である自分を取り押さえる事など出来るはずがないと本気で信じていたのである。
根拠はハツコとの喧嘩で負けた事がない事であった。
後に良夫ちゃんは言った。
「女はキィーキィー言うばっかりで、たいした攻撃はしてきません。それに反応が鈍いんです。だから逃げ切れます!」
そりゃハツコだけだろ…
これらの目茶苦茶な思い込みはどんな洗脳よりも強く良夫ちゃんの脳みそを支配していた。
それが常識でははかれない行動に繋がっていたのではないだろうか。
良夫ちゃんは、行ってきますと一言残しホールへと向かった。
僕は源次に言った。
「この店のカードは源次さんが打ちな。多分良夫ちゃんは捕まりそうになるから僕はブロックをやる。その辺で待ってて」
「止めた方が良いですよ…」
僕は笑いながら言った。
「止めて止まるなら止めてるよ。ありゃアホだから一回怖い思いしなきゃ分からんのだよ。大丈夫だよ。何があってもかわしてみせる」
源次は苦い顔になった。
まだまだ源次は良夫ちゃんの非常識を知り切ってはいなかった。
常識を持った人間から見た良夫ちゃんは本物のキチガイであった。
そんな良夫ちゃんと僕は長きに渡り張り合って来ている。
良夫ちゃんに勝った時に僕はゴト師として完璧になるような気がする。
いつも心のどこかで良夫ちゃんに負けている自分を自覚していた。
ほとんど自殺に見える突っ込み方をする良夫ちゃんが僕にはかっこよく見える時があった。
アホ箘は伝染病のように僕をおかしていた。
良夫ちゃんから遅れる事数分…
僕もホールへと踏み込んだ。
開店間もない店内は閑散としていた。
僕が入った入口から真っすぐ行った反対側の出口付近にある受付機の前には良夫ちゃんが背中をコチラに見せて変造カードを受付機に通していた。
その通路の良夫ちゃん寄りの右手側にカウンターがある。
通路の左手側にはズラリとパチンコ台が並んだ列がある。
この通路はこのパチンコ屋のメインの通りと言って良い。
隣りの列に移動する為には誰もが通る主要通路の一本であった。
店員は良夫ちゃんの言う通り女性だけしか見当たらなかったが、お客さんに対応するために三人ほどが歩きまわっている。
良夫ちゃんの横をかすめるように歩く女性店員もいた。
カウンターからは良夫ちゃんの側面がまる見えであった。
どう考えても僕には自殺に見えていた。
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