「でもお前は良かったぞ。小僧達が言ってたキチガイとか天才ってのはホントかもな。詐欺師って言った事にゴネるなんて俺には思いつかないわ。あれでアイツも怯んでたもんな…」
黙っていれば妄爺は僕を褒め続けるだろう…
それは更に自分をミジメにさせる。
僕は話しをそらしたくて仕方なく口を開いた。
「泥手から50万取らないと。損しちゃうから…」
妄爺が驚いた声をあげた。
「え!?とんのかよ!」
「当たり前だよ。僕が払う意味が分からない…」
チラッと妄爺の顔を見ると呆れた顔をしている。
「お前はホント分からない奴だな。凄いと思わせたりコジキかと思わせたり。あれか?新人類って奴か?」
「なんじゃそら?知らんがな」
「まあ、何でも良いけどアレは駄目だぞ」
アレ?
「お前さっきキレて席立とうとしただろ。ヤクザ相手にキレたら駄目だ。そこで話しが終わっちまう。キレる時は喧嘩の覚悟が必要なんだぞ」
「ふ〜ん」
「ありゃもうお前の勝ちだったんだよ。お前はツメがちょっと甘いな」
説教すんな…
ジジイ…
「はいはい。ジュース買って来よっと」
そう言って僕は車を降りた。
扉を閉めようとすると妄爺がでかい声をあげた。
「あ!そうだ!アイツに電話してやんなきゃ。お前のファンだから心配してるわ!」
アイツ…
店番をする妄爺の元嫁の事である。
裏日男に連れて来られた泥小僧は顔が腫れ上がっている程度でたいした怪我はしていないようであった。
お金と引き換えに泥小僧を受け取る。
たいした話しもせずに裏日男達と別れた。
仕返しは必ずする…
裏日男達の店からの泥棒は続けようと決めていた。
僕は裏日男に何の感謝もしていない。
次に揉めたら誰にも知られずに即闇討ちにしてやろうと思っていた。
一度の失敗で僕は数々の事を学んだ。
ヤクザを相手にした場合は先ギレが鉄則…
次は見ていろ…
何の同情もする事なく傷めつけてやる。
車の後部座席に泥小僧を乗せて走り出した。
泥小僧が口を開く。
「すいませんでした…」
「うるせぇ… 黙って座っとけ… 喋んな」
暫くすると妄爺が言った。
「俺、明日から暫く店留守にするからな。店番はアイツにやらせるから、なんかあったら面倒見てやっといてくれよ」
「ん?どこ行くの?何日ぐらいさ?」
「はっきり決まってないけどあんまり長くはないな。良いか?」
別段僕に嫌はない。
僕に言う意味すら分からなかった。
「良いよ… なんかあったら連絡するよ」
「おー 頼むな」
その後、妄爺は、三ヶ月を越えて店に戻る事はなかった。
戻った時の妄爺は巨大組織の一員になっていた。
妄爺がなぜヤクザに戻ったのか僕は知らない。
「前から誘われてたんだ。待遇も良いし断りづらかったんだよな」
恥ずかしそうに妄爺はそう僕に言った。
僕にはそれがごまかしを言ったようにしか聞こえなかった。
妄爺はアノ日の帰り道に決断したのである。
元嫁も寝耳に水だと言っていた。
妄爺が僕の後ろ盾になる為に暴力団の看板を手に入れたとは言わない。
色々なしがらみがあったのであろう。
しかし、最後に背中を押したのは、間違いなくアノ事件が原因で、僕だったのであろう。
妄爺は相談役と言う地位でヤクザになった。
組員100人前後の組である。
相談役と言う地位がどんな役かを僕はあまり知らない。
ツルッパの所の組は人数は少ないが歯抜けも同じ地位である。
ヤクザに興味が無かったので知ろうともしなかった。
組によって色々な扱いがされる地位ではなかったのだろうか。
僕のイメージとしては閑職である。
妄爺はヤクザに戻ってすぐに5人程の若い衆を連れていた事を記憶している。
芋屋のジジィが僕の嫌いなヤクザになった。
なぜか僕は自分の無力さを感じていた。
河川敷の道路で、朝も早くから焼き芋の車の後ろに積んだ釜に薪をくべて眠そうにしている僕に、妄爺が缶コーヒーを差し出す。
そんな光景が目の前を過ぎるばかりであった。
僕は妄爺を避けるようになって行った。
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