お金の話しになったとは言え謝ってはいない。
これなら妄爺が裏日男に切り掛かる事はないだろうと思えた。
ここからは、なるべく安く済ませる事が全てだと考えていた。
暴力の介入しない交渉ならば僕の方が口が達者な分強いように思えていた。
泥棒がバレて捕まった場合の相場など、有りはしないが、裏日男からすれば最低100万円は要求したい所であろう。
僕ならば、それぐらいは当然要求する。
10万で済ませたいな…
無理か…?
でも出しても20万だな…
そう考えていた。
ケチに火がついていた。
妄爺を見ると、まだ懐に手を入れて、軽い前傾姿勢のままであった。
裏日男を変に刺激したくなくて、妄爺の前に手を出しながら言った。
「煙草ちょうだい…」
チロッと僕の顔を見た妄爺が、懐から胸ポケットに手を移動させて煙草の箱を取り出した。
箱ごと無言で渡して来る。
一本取り出し妄爺に箱を返す。
その箱を胸ポケットにしまっても妄爺の前傾姿勢は変わらなかった。
しかし懐から手は抜けたままになっている。
少し緊張がとけた。
これで交渉に専念出来る…
頭が高速でケチ回転を始めた。
妄爺は、お役御免のはずだった…
裏日男に僕から金額を提示した。
最初に高額を言われたのでは下げづらい。
先に100万円などと言われたら10万円に下げる事は不可能であろう。
「じゃあそっちの損害金の10万払うね」
意識してサラリと言った。
裏日男は驚きと戸惑いと怒りのないまぜになった顔で口をポカッと開けていた。
睨む男は目を見開いて驚いている。
妄爺の顔も見た。
それまで俯いていた妄爺が僕を見ていた。
その顔は驚きと戸惑いに揺れているように見えた。
呆れ顔…
こちらも少し口が開いている。
交渉金額が誰が聞いても有り得ない額だったのであろう。
しかし僕だけはヘラヘラと笑っていた。
交渉は笑顔で…
これ基本!
笑えば無理も通る…
そう信じていた。
あと10万円の上乗せは構わない。
総額20万円…
そこが天井…
枠が、あと10万円あれば、どうにかイケるだろうと思っていた。
僕は自分に自信があった。
裏日男の顔に、鎮まったはずの怒りが噴き出した。
「お前なめてん…!」
僕は笑いながら裏日男の言葉にかぶせるように言った。
「待て、待て、怒らない怒らない!話し合いなんだから。一々怒らないでよ。何?安い?」
コイツ欲たかりだな…
セコい奴め…
自分をかえりみず、そう思っていた。
この後裏日男はどんどん興奮していった。
やっぱり10万じゃ駄目か…
くそ…
僕は先ほどまでの殺し合いになりそうな状況を頭の片隅へと追いやり過ぎていた。
安くアゲる事ばかりが頭の中を占めていた。
ケチが原因ばかりではない。
妄爺に自分の交渉能力の高さを見せつけたかったのである。
ここまで話しがまとまりそうになって来た要因の中には妄爺の目に見えない武力が大きく関係している。
しかし、この時の僕は、そこまで考えが到っていない。
ほぼ自分一人で話しをまとめて来ていると錯覚していた。
これぐらい自分でどうにか出来るんだ…
その思いが強かった。
お金は払ったけど頭は下げずに安く終わらせた…
その評価を僕は求めていた。
興奮し始めた裏日男に言った。
「損害分だけじゃ駄目なの?それじゃケツ取りの話しじゃん。僕がやらした泥棒でもないのに、そんなには払えないよ。これからも裏日男さんと上手くやって行きたいから払うだけなんだからさ」
「お前頭大丈夫か!?そんな銭で片付く訳ねぇだろうが!」
おーおー…
また興奮してきやがったな…
うざい野郎め…
「分かった分かったって。怒鳴るのやめてよ。そうだね… 確かに迷惑かけたもんね… じゃあ迷惑料も少し上乗せして20万円払うよ」
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