裏日男が吠える。
「泥手はどうしたんだコラ!」
やめろ…
妄爺を刺激するな…
やばいんだ…
僕はうろたえながら言った。
「いや… いない…」
「いないってなんだ!あ!?おい!!」
やめろって…
睨む男も変わらず僕を睨んでいる。
「でかい声出すなよ… 人見てるし…」
僕のおよび腰を優位と捉えた裏日男は巻き舌で更に僕を恫喝する。
泥棒がコチラ側である以上、言い返す言葉も思いつかなかった。
何よりも妄爺の判断が下る事が恐ろしかった。
こんなはずじゃなかった…
こんな一方的なはずじゃ…
頭の中が真っ白になっていた。
無理だ…
勝てない…
お金で許して貰いたい…
でも妄爺が…
早く…
早くどうにかしなきゃ…
「テメエ!聞いてんのか!!」
「聞いてる…」
自分の全てが小さくなっているように感じていた。
「コラ詐欺師!人使ってテメエがやらしたんだろうが!!」
僕の足に衝撃が来た。
一回…
二回…
蹴られた…
いま確かに蹴られた!
突如猛烈な怒りが沸き上がった。
どいつもこいつもふざけやがって!
ぶっ殺すぞ!!
変身しろ…
頭の中で誰かが言った。
僕は確実に変身した。
全てがどうでも良い男に…
泥手や、人質に取られている男の事など、どうでも良くなった。
妄爺が人を殺そうが知った事では無い。
好きにしたら良い。
自分の安全なども頭の片隅にすら無くなっていた。
ただ、目の前で僕を威嚇してくる、裏日男に猛烈に腹が立った。
助けてやろうとしてるのに!
くそヤクザ!
ゴミが生意気な口聞くんじゃねぇ!
興奮が怒りを加速させて行く。
負けん!!
「おい!お前!今僕の事詐欺師って言ったな!あ!コラ!!どこが詐欺師だ!言って見ろ!」
同時に目の前のテーブルを右手で力いっぱい上から叩いた。
結構な音が店内に響く。
「あぁ!?」
怯まぬ裏日男。
怯まぬ僕。
「あぁじゃねぇ!!どこが詐欺師だって聞いてんだ!」
生意気な口を聞いたら殴り殺そうと思いながら聞いていた。
声のトーンは変わらなかったが裏日男は理屈を言った。
「お前んとこの奴が泥棒したんだろうが!!」
「だから何だ!それと僕が詐欺師ってのとどう関係あんだ!」
「お前がやらしたんだろうが!」
やらしてない…
ひっくり返せるか?
言葉尻を突いて倒す…
捨て身がハッタリを真実に見せる…
「お前、何を勘違いしてんだコラ!僕を盗っ人や詐欺師だって言ってんのか!?どこに証拠があんだ!言って見ろ!」
睨む男の尻が、椅子から浮くのが視界に入った。
自然に僕の首が睨む男に向いた。
その視界の隅に今度は妄爺が椅子に座ったまま前傾姿勢になるのが見えた。
空気がそこだけ違うように感じた。
ヤバイ!
抜く!
咄嗟に手が出て妄爺の肩を引っ張った。
「まだだ…」
小さくそれだけ言った。
裏日男も睨む男も妄爺が何かしようとした事は感じているようであった。
突っ立って身構えている睨む男に言った。
「お前は黙って座っとけ!」
睨む男は座る事はせずに妄爺を警戒して立ったままでいる。
僕は妄爺がヒットマンとして優秀な事を理解した。
止めて止まったのは僕を巻き添えにしたく無かったからであろう。
しかし睨む男がもう少しハッタリで前に出て来ていたら多分切られた。
妄爺は前傾姿勢になった時、懐に手を入れる動きは一切していない。
刃物を見せびらかして、いらない警戒心を生まない様にしながら、相手が間合いに入った時に、一気にナタを抜いてぶった切る…
素手だと思っていれば相手は容易に近付く。
最後まで手の内は見せない。
妄爺の友達が語った妄爺の暴力の歴史は、決して嘘では無いと感じた。
深く椅子に腰掛けなおした妄爺から攻撃的な気配は既に消えていた。
踏んだ場数が妄爺をどこまでも冷静に制御させているようであった。
コメント
妄爺がカッコ良すぎる
わくわくさんコメントありがとうございます!
ご愛読感謝です。