これから起こるであろう光景が目の前を走馬灯のようにスローモーションで流れる。
僕が席を立ち、妄爺が裏日男に飛び掛かりながら懐から抜いたナタで首を横切りにする…
瞬殺…
ゴトンと首が前に落ちる…
戦慄…
ハッタリじゃない…
妄爺はやる…
僕を置き去りに妄爺はファミレスへと向かい歩き出した。
まて…
まってくれ…
分かった…
僕の負けで良い…
僕はどうせ半端者だ…
それで良い…
意地など棄てる…
フワフワする足で妄爺を追い掛けた。
後ろから声を掛ける。
「まってくれ…」
妄爺は振り向く事もせず足も止めない。
横に並ぶと妄爺は言った。
「もう決めた事だ。お前が何を言っても変わらない。俺の為に謝ろうとなんかすんなよ。無駄だ。その時は合図無しに動く。嫌ならお前は来ないで良い。俺が、一人でケリ付けて来る」
僕の常識では計れない言葉が妄爺の口から放たれ続ける。
何がなんだか分からなくなっていた。
これか?
任侠道って?
妄爺が奇跡のヤクザ?
いや…
違う!
ただの気の良いじい様だ!
殴ってでも止める!
人殺しなど許さん!!
肩を掴んで顔面にパンチだ…
肩を掴む為に手を伸ばす。
妄爺が僕の手をよけるように、肩をヒョイとかわした。
向き合った妄爺の右手には、懐から半分飛び出したナタの柄の部分が握られて見えていた。
圧倒的な視線で僕を睨みながら妄爺が言った。
その視線の中には軽蔑の色も見える。
「お前は俺が負けるのが心配なのか?武器がナタだからか?なら心配すんな。やる事は簡単だ。人を殺るのは武器じゃない。心が人を殺すんだ。俺が足蹴ったらなるべく早く外に出ろ。あんまり待たねぇぞ。そんで後は誰に何聞かれても知らないって言い張れ。分かったな」
「分かるか!」
右手を妄爺の顔に向けて力いっぱい突き出した。
それをあっさり妄爺はよけた。
僕の体が流れる。
態勢を立て直して妄爺を見た。
いつ抜いたのか、右手には鈍い光を発するナタが握られて、腕がダランと下にたれている。
妄爺の眼光を見た瞬間、殺されると感じた。
体が棒立ちになって全く動かなくなった。
なんだこれ…
ゴクリと唾をのむ。
「腹くくれ… 行くぞ」
僕は妄爺を止められない事を悟った。
腹をくくる?
どうやって…
分からない…
人の犠牲を良しとする腹のくくりとはなんだ…
人を殺して開ける道とはなんだ…
僕には全く分からない…
妄爺が先を歩いてファミレスの玄関口まで着いた。
引き戸を開けて僕に先に入れと目が言っている。
開けられた扉を抜ける時、妄爺が僕の背中を軽く押しながら言った。
「絶対引くな。男だろ…」
人を殺して道を開けようとする男の声など心に響かない…
僕はアンタなど絶対に認めない…
奥の席に見える裏日男の元へと足を強く踏み出した。
妄爺など関係無い…
自分でカタをつければ済む事だ…
冷静になれと自分に強く言い聞かせる。
裏日男が僕を見つけて突然でかい声をあげた。
「何やってんだコラ!はよ来いや!!」
ギクッとした。
馬鹿!
やめろ!
殺されんぞ!
敵は既に裏日男では無く妄爺に変わっていた。
味方がなぜか敵だった。
現実を目の当たりにして僕は愕然とした。
失敗が許されない?
引く事も許されない?
裏日男を黙らせる方法はまだ何も浮かんでいない。
前に出る事も出来ない…
なんなんだこれは…
なぜ僕は何の策も持たずにここに居る…
ここまでの道中で考えるはずだった…
妄爺…
アンタのせいじゃん!
僕は裏日男の前の席にどうやって座ったのだろう…
記憶が全く無い。
気付いた時には妄爺も横の席に座っていた。
向かいの席には裏日男ともう一人。
見るからに強そうな男が僕を睨むように座っていた。
しかし裏日男も睨む男もどうでも良かった。
ただ妄爺が恐ろしかった。
四面楚歌…
前門の虎、後門の狼…
そんな四字熟語や諺も頭の中を回っていた。
状況は最悪を越えていた。
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