その過去を妄爺の友達に聞いていた。
これまでの妄爺の半生は暴力の歴史に彩られている。
手を出さないと聞いても簡単に信用は出来なかった。
何かする…
それは間違いない…
それとも、ただのボディーガードのつもりか?
いきなり相手に暴力を振るうとは思えない。
そこまで馬鹿では無い。
連れて行くか?
ここまで言い張る以上、車から降ろすのは難しいような気がした。
何をする積もりなのかは知らないが、僕の為に自分を棄てる言動をここまで続ける妄爺に、これ以上の悪態をつきたく無かった。
僕が話しを上手くつければ良いだけか…
くそったれ!
「絶対に口も手も出さないでよ… 僕がどんなに不利でもだよ。良い?」
「出さないっての。お前が殴られても蹴られても見てるよ」
そう妄爺は笑いながら言った。
んなアホな…
そんときゃ助けろ…
僕も少し笑った。
得体の知れない緊張と気合いが全身を包み込んだ。
負けられない…
それを強く意識した。
そして僕は空回りする事になる…
小学校の授業参観で、先生に突然指名されて、答えがスコンと頭から抜けた時の子供に似ていた。
この時の妄爺を連れて行くと言う決断が色濃く影響していたのではないだろうか。
裏日男に行くと行った時間が残り少なくなっていた。
車道に車を戻し黙ってアクセルを踏んだ。
頭を裏日男の対応に切り換える。
まだ何も方法は思い付いていない。
電話の感じからすると裏日男は、ここぞとばかりに僕を脅し上げて来るだろう。
スクみ上がらせれば上がらせる程、自分の利益が上がる事を彼は知っている。
ヤクザとは、毎日の生活の中で、人をどう脅かせば自分の言う通り動くようになるかの勉強をしている人種である。
決して教科書などがある訳ではない。
事務所内での周りが話す武勇伝に始まり、先輩ヤクザからの脅しによる薫陶…
その時の自分の心の震えを学習して行く。
どうすれば人は震えるのかを知れば相手に使えるのである。
それが日々の生活の中で自然に備わって行く。
修羅場を経験すればするほど彼らは成長して行く。
ヤクザとは言え、一部を除き、彼らも元は普通の人間だった。
僕と何も変わらない。
しかし経験と言う学習を数多くして来ている人間には敵わない。
背景に組織と言う物があれば尚更である。
裏日男とのこれまでの付き合いで経験の足りないヤクザだと言う事は何となく分かっている。
経験の足りないヤクザはこの程度の事件でも組を前面に出す。
それだけは避けて欲しかった。
その時は僕の負けが色濃いからである。
組に自分のシノギを報告していないヤクザ者は結構居る。
アガリを取られるからである。
裏日男の管理しているパチンコ屋の数は5、6軒と少ない。
周りで裏日男以外のヤクザ者を見た事も無い。
彼は組に裏ロムゴトを内緒にしているのでは無いかと、いつも感じていた。
少ないアガリは独り占めにしたいのが人情である。
そんな事をボンヤリと考えていると、鼻歌をやめた妄爺が口を開いた。
「お前、金は払わずに口で倒す気なんだろ?」
「ん?まだ分からない…」
「あんまりヤクザ舐めない方が良いぞ。牙を隠してる奴はいっぱい居るからな」
分かってる…
「金で片付くなら金で片付ける方法もアリだぞ。お前はカタギなんだから。別に恥ずかしい事じゃない。こっちが完全に悪い訳だからな」
分かってる…
「その後で、まだグズグズ言って来るなら、そんときゃ喧嘩すれば良いんだ」
「口出さないって言ったじゃん…」
「あ!そっか。悪い悪い」
その後ファミレスに着くまで妄爺は、これからのゴトがどうなのかなどの質問ばかりを繰り返して来ていた。
先は暗いと伝えた。
喋り掛けられる事で、思考は全くまとまらず、何の策も思い付かないままファミレスに到着した。
ファミレスが見えた所で妄爺が言った。
「あれか?」
「そうだね」
「よし。店の周りをグルッと2、3周廻れ」
「あ…?あ〜」
言われて気付いた…
僕はすっかり油断していた。
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