「話しって何よ…」
「良いから開けろって」
僕は渋々車の鍵を開けた。
妄爺がニヤリと笑って車に乗り込む。
僕はふて腐れ気味に車に乗り込んだ。
当然、どこかの組に頼む話しが出ると思っていた。
年老いた元ヤクザが、現役のヤクザ者を向こうにまわし大立ち回りなど漫画の世界だけの話しである。
現実は、そんなに甘い物では無い。
行ったとしても返り討ち…
それが現実である。
僕はもう一度聞いた。
「なんの話し?」
「良いから出せよ。遅れない方が良いぞ。お前が何を言っても俺は降りないんだからな。ほれ、出せ出せ!」
「だから何の話しだよ!」
妄爺は笑いながら言った。
「お前は良い根性してんな〜 腕立て伏せ1000回なんて、中々言えないぞ。俺が若い頃ならお前に惚れるな」
キモい!
「心配すんな。どっかの組に頼んだりする話しじゃない。早く出せ。ドライブだ。その辺で降りるからよ」
くそジジィ…
その辺で降りるなら仕方がないと思い車を出した。
頭の片隅に、妄爺は僕と一緒に戦う積もりなのでは無いかと言う不安がよぎる。
それだけは認める訳にはいかないと思った。
妄爺には何も関係無い事なのである。
ノンビリ暮らすジジィに用は無かった。
走り出して暫くしても妄爺は口を開こうとはしなかった。
鼻歌なんぞを歌っている。
僕は痺れを切らして再度問い掛けた。
「何の話しさ…」
鼻歌をやめて妄爺は口を開いた。
「今回だけは駄目だ。俺も一緒に行く。黙って向かえ」
「ふざけんな!降りろや!邪魔だ!」
路肩に停めようと切ったハンドルを横から妄爺が押さえて車を車道に無理矢理戻した。
反対車線に飛び出しそうになった。
「危ね!」
妄爺は笑っていた。
「危ねぇだろうが!アホか!死ぬわ!」
心臓がドキドキしていた。
妄爺は僕の焦った動きを見て更に笑っている。
ジジィ!
死なすぞ!
毛根潰すぞ!!
ドキドキのおさまりと共に信号で停まった。
「頼むよ… 降りてくれよ!こんな事ぐらい自分でどうにか出来んだよ!」
出来ない…
心の奥で誰かが言っている。
それを僕は必死に否定している。
お金を払えば済む可能性が高いのに、なぜか自分でソレを拒否している。
何が勝ちで何が負けなのかすら分からなくなっていた。
ただ一つ分かっていた事は、人に弱みを見せずに僕は自分の足だけで、ただ一人立っていたいと思っている事だけだった。
人の憐れみや同情や、示される友情が、どうしても受け入れられない。
ただ恥ずかしかった。
僕は人格破綻者だった。
「ほら青だ、出せ」
車を左に寄せて停めた。
妄爺がおどけ混じりに言う。
「お前はホントに、きかん坊だな。芋屋の頃は可愛かったのになぁ… 起こして、妄爺さん!起きれないと今日の飯も芋になっちゃう!とか言ってたのにな」
顔から火が出そうになった。
「やかましいわ!降りろや!」
「分かったよ… 一切口出さなけりゃ良いんだろ?黙って横に座ってるだけにするから連れてけ。お前がどれだけやるのか見てみたい。店に来てる小僧達が、お前をキチガイだって言ってるのをよく聞くからな。天才だって言ってる奴もいるけどな。どうだか… まさかペコペコ謝るつもりじゃないんだろ?」
「そんなん知らんよ!降りろや!来る意味ないだろが!」
「だから見学。絶対口出さないから」
「いや、出すだろ!口出さなくても手ぇ出すだろ!」
妄爺は笑いながら言った。
「馬鹿か。俺はまだ弁当あんだぞ。出したら務所に逆戻りじゃねぇか。出さねぇっての。この歳で寄せ場なんて冗談じゃねぇ」
この時、妄爺の仮釈放の期間は、あと数カ月を残して明けていなかった。
今何かの事件を起こして捕まれば全てがパーである。
それが1番怖かった。
妄爺は自分の過去を余り多くは語らない。
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