流転15

誰にともなく言った。

「じゃあ行って来る」

泥手が慌てたように言う。

「自分も行きます!銀行寄って下さい。金おろしますから!」

黙れ…

負け犬…

そう思った。

何もしない内からお金で片付けようとすれば、弱みに付け込む事が商売のヤクザに、一方的な都合の良い話しをされてしまう。

いくら取られるか分からない。

悪い事をしたのはコチラ側で人質までとられているのである。

下っ端ヤクザ達の任侠道など僕は信じていない。

時代が違う…

謝れば、ただ喰われる。

弱気の虫を起こすような事を言う泥手がウザかった。

本来の自分が出てしまいそうであった。

僕は精一杯の無理をして言った。

「金なんかいらねぇんじゃねーか… あんなクソどもひと捻りだ。お前は、ここで腕立て伏せ1000回やってろ。終わったら腹筋も1000回な」

無事に帰れるのかばかりが頭にあった。

精一杯のセリフに、キレがあるはずもない…

妄爺の店を出て車に向かう。

車は店の前の狭い駐車場の端っこに停まっていた。

店に背中を向けてドアの鍵を捻っていると後ろから声が掛かった。

「おう!一緒に行ってやるぞ」

ギクッとしながら振り向くと、妄爺がニヤニヤ笑いながら立っていた。

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「いや… 結構です…」

出てくんなジジィ…

「まあ良いから、たまには付き合わせろよ。乗れ乗れ!」

助手席の扉をガチャガチャとやっている。

ハゲ隠しのつもりなのか最近では、頭は綺麗な丸刈りである。

「いいっての。帰りな」

妄爺からニヤニヤが消えた。

「駄目だ。早く開けろ!」

なんなんだよ、このジジィ…

年寄りが出て来て何が出来んだよ…

「何しに来んの?いらんて…」

「良いから開けろって。車ん中で話すから」

話し?

どっかのヤクザに頼むとかか?

それはハッキリ言って迷惑以外の何物でもない。

この手の話しにヤクザ者を介入させても良い事が無い。

頼んだ組と相手の組との力関係でほとんどが決まってしまう。

しかし、ここまで様子が悪い話しだと、組の大小だけでは片付かない問題が多い。

喧嘩になってでも僕を守ると言う組が味方に付かない限りヤクザ得意の筋道の話しになる。

手打ち…

ヤクザは意外と無頼では無い。

喧嘩ばかりをしていれば組の存続が危ぶまれる。

当然、暴力団対策法は施行されていた。

組の力関係でコチラ側が負ければ謝罪をさせられた上でガッチリお金を取られる事が多い。

それが嫌で頼んだのにである。

どこが味方なのかと問い掛けたくなる。

そして味方のヤクザ者は言う。

「俺達が出てやったから、この程度で話しがついたんだ。感謝しろよ」

へ?

負けとるがな…

力関係で相手の組をピタリと黙らせる事が出来たとしても似たような物である。

味方のヤクザ者が言う。

「俺達のおかげだぞ。感謝しろよ。お前とは長い付き合いになりそうだな」

そしてお礼のお金を払う事になる。

相手に黙って払えば済んだ額の半分程度が常識ではないだろうか…

しかしその後、色々な事に上からの態度で口や手を出して来る事になる。

出した手は、お金を載せろと無言で言っているのである。

あれ?

相手に黙って払えば済んだお金より多くない?

更に酷い味方ヤクザになると企業舎弟になれ等と言って来る。

「月々〇〇…円払えよ。なんかあった時全部面倒見てやるからよ。お前らもなんかあった時助かるだろ?」

「…… 」

助けられたと言う義理が絡んで来て居る以上、これを断る事は至難の技である。

こうして僕達の様な立場の犯罪者は、ヤクザ組織に取り込まれて行く事になる。

これらを引っくるめて、義理、人情、筋道、などと言われても、僕には理解出来ない。

ただヤクザ者達に、よってたかって喰い物にされただけのように感じる。

話しがこじれて組と組の喧嘩に発展しよう物なら払うお金は天井知らずであった。

これらの一連の流れは、一つの例である。

全てが、こうなる訳では無い。

しかし似たような形でヤクザ組織に取り込まれて行く事はヌグえない事実である。

この件では無い。

任侠道を貫くヤクザ者達に出会う事など奇跡だと僕は思っている。

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