僕と小池の関係が切れた事を、豚箱への伝言から知ったヤメ検弁護士は、いい加減な弁護をした。
傷害事件で確実に勝つ為には、被害者との示談が終わっている事が必須条件と言って良い。
確実を求めるのであれば正しいと思う。
ヤメ検もその様にした。
そこに問題は無い。
しかし被害者に支払った金額には、おおいに問題がある。
相手はほとんど怪我などしていない全治二週間であった。
タンコブが出来ただけでも診断書をとれば全治二週間になる場合がある。
通常の示談金ならば30万円前後であろうか。
5万円で済んでも不思議は無い。
ヤメ検は、ここに80万円を投入している。
示談交渉も弁護士の仕事の内である以上、こんな物は交渉とは言えない。
相手が言うままに払ったのか、交渉が面倒臭くて適当に払ったかのどちらかである。
もう一つの可能性をあげるならば、示談交渉の成功報酬の吊り上げである。
交渉金額のパーセンテージで受け取る弁護士もいる。
ヤメ検はこれであった。
そこに弁護を引き受ける時に払わされた着手金と執行猶予を勝ち取った時の成功報酬が加わった。
あわれ小池の弁護士費用は220万円になったのである。
2年6ヶ月が220万円で買えたと思えば安い。
しかし僕はそうは思わない。
小池の払うお金などどうでも良いが頭にきた。
黙っていたのでは、この先、僕達が鴨にされる。
ヤメ検弁護士事務所にアポイントも取らずに押しかけた。
渋る事務員をなかば脅かしてヤメ検を呼び出す。
「なに?」
なにじゃねー!
このボッタクリ野郎!!
「小池の弁護の事で聞きたいんですけど」
ヤメ検は表情一つ変えない。
「あ〜 今忙しいから後にして」
「いや、僕も忙しいから今にして」
ヤメ検は、僕をさげすむ目で見て言った。
「君、小池さんの弁護に関係無いよね」
守秘義務…
小池を連れていなかった。
「小池なら外の車で寝てますよ。連れて来ますか?あいつが聞いてる所じゃ先生も困るかもよ」
欝陶しそうな態度で奥へ入れとヤメ検が言う。
広い部屋の壁面には、子供のいたずら書きの様な絵が、額に入れられて数点飾られている。
かっぱらってやろうかと一瞬思った。
座ると体が沈み込みそうなソファーに勝手に座った。
「コーヒー下さい。ブルマンで」
いつもは黙っていても出て来るのだが、何かイヤキチをしてやりたかった。
これでも僕はお得意様である…
ヤメ検は事務員にコーヒーを注文してソファーの横の椅子にどっかりと座った。
「なんの話し?」
余裕の態度が僕を萎縮させる。
選良と呼ばれる頭脳が、そこにはいた。
縮み上がりそうだったので僕はいきなり言った。
「小池の弁護士費用高くないですか?それにいい加減な弁護しましたよね」
言った自分が、とても小さい人間に思えた。
いや…
小さくても良い…
のまれるな…
強く自分に言い聞かせる。
「おかしい所は無いよ。私に出来る精一杯の弁護はしたよ」
僕をさとす様な口調である。
真っすぐ行けば負ける…
負ければ僕達の弁護の時までいい加減な弁護をされる。
受付機設置後の変造カードは、やれば確実に捕まる奴が増えるのである。
引く訳にはいかない…
だからと言って、声を荒げて、僕達から手を引かれる訳にもいかない…
僕を面倒臭い奴だと認知させるだけで良い…
そう決めた。
「示談金の80万円の内訳と、提示した時の状況と理由を教えて下さい」
ヤメ検は、僕がただゴネると思っていたのか、目をパチクリさせた。
「ちょっと待って…」
そう言って、事務員に、小池の事件の資料を持って来る様に言い付けた。
分厚い資料が入ったファイルが運ばれて来る。
弁護士は資料にザッと目を通して言った。
「あ〜 被害者の方が強硬だったんだね。あの辺の金額じゃないと絶対示談には応じないと言われたんだよ。今回の事件は示談が必須だったから仕方ないね。内訳は、治療費込みだったよ」
「怪我の程度はどんな物ですか?」
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