そして運命の時がやって来た…
裏ロムの打ち子帰りに、ハツコは家に寄り、ワンピースを手にして妄爺の店に到着した。
当然婆さんも連れて来ている。
手下達は誰一人帰る事なく成り行きを見守る構えである。
良夫ちゃんが女装をする事が知れ渡り、妄爺の店には、手下達が20人程集まっていた。
婆さんを車に残しハツコが店に入って来た。
「お兄ちゃん持って来たよ。何するの?」
「うるさいな」
そう言って良夫ちゃんは紙袋に入ったワンピースを受け取った。
いきなり上着を脱ぎ出す。
僕は慌てて言った。
「まて、まて、トイレ!」
紙袋を抱えて良夫ちゃんはトイレに向かった。
その後ろ姿をハツコが不思議そうに見ている。
数分後…
花柄の黄色いワンピースを着て、スネ毛をあらわにした良夫ちゃんが、トイレからニヤニヤしながら出て来た。
膝上5センチの、裾が広がったフレアーなワンピースであった。
胸元にはトイレのタオルを入れたのであろうか、膨らんでいた。
完全に変態に見える。
店内は爆笑の渦に包まれた。
使い捨てカメラのフラッシュが無数に光る。
「キモい!」
「汚え!」
「スネ毛剃れ!」
「普通のオッサンやん!」
一拍遅れて、妄爺の店の中に、ハツコの絶叫があがった。
「何してんのよ!!お兄ちゃん!!!」
賛同の言葉があがらない事で良夫ちゃんは顔をしかめた。
ハツコが奇声をあげて詰め寄る。
「キィー!なに!!なんなのよ!!」
キィーと言う奇声はどこから出ているのかが分からないのだが言葉の端々に入る。
良夫ちゃんが言い返す。
「仕事だよ、うるさいなー!」
なんの仕事だ…
そのままの怒り顔で良夫ちゃんが僕に聞いて来る。
「駄目ですか!似合いませんか?!」
僕は一瞬たじろいだ。
「わっかんね〜… お母さんに聞いて来れば…」
良夫ちゃんは、婆さんにワンピース姿を見せるため、外の車に向かい店を出た。
数分後…
うなだれて泣きべそをかいた良夫ちゃんが店に戻った。
「駄目だって… 怒られました…」
こうして、良夫ちゃんへの、裏ロムセット泥棒に対しての罰が終わった。
良夫ちゃんが1番こたえていたのは、婆さんからのお叱りだった。
完全なマザコンである。
イジメや騙し合いが渦巻く手下達だったが、なぜか良夫ちゃんをイジメたり嫌う奴はいなかった。
欲深い事は周知だが、間抜けがどこか愛されている人であった。
使い捨てカメラで撮られた、良夫ちゃんのワンピース姿の写真は、大きく引き伸ばされ、額縁に入れられて妄爺の店の壁面に飾られ続けた。
ハツコは、その写真を見る度に、悪態をついて、いつも奇声をあげるのであった。
受付機設置直後のツルッパとリュウはゴトの仕事がなくなった。
ツルッパはハゲをニット帽や帽子で隠しているとは言え、図体のデカさが目立つので、裏ロムの打ち子はさせられなかった。
彼はヤクザとは言え真面目な男である。
これまでに稼いだお金のほとんどを喫茶店開業の為に貯金していた。
僕の手下の中には、ゴトでもしなければ食えないヤクザ者が数人いる。
チンピラと呼ぶ方が正しい様な奴らである。
みんな組での立場は下っ端だった。
彼らは組や組織は違えども、その点で揉めたり喧嘩になる事は一度も無かった。
ヤクザ者を前面に出せばクビだと強く言ってある。
「僕はヤクザが嫌いだ。少しでも態度に出したらクビだぞ。組どうしの争いなんか僕に関係ない。周りを巻き込むな。分かったか?」
それがどうにか、弱い者イジメや、騙し合い程度で守られて来ていた。
余りに目についたりゴトに支障が無ければ僕は口を出さない。
根性の底を僕に見られている彼らは僕に対してはおとなしい物であった。
ツルッパとは違い彼らは稼いだお金の全てをその日のうちに使っていた。
貯金などしているヤクザは、それはそれで気味が悪い。
ヤクザ辞めろと思ってしまう。
ツルッパは、少し異例の男であった。
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