その度に僕は婆さんに失敗を告げた。
プレッシャーが婆さんの体内時計を狂わせている。
別段珍しい事では無い。
平時と緊張時では、体内時計は狂う物であった。
体内時計の狂いだけならば、婆さんのみが使える方法を思い付いていた。
出来れば普通のセットをさせたかったが仕方ない。
帰ってから婆さんを鍛えようと決めた。
店を出て中華ソバに返事の電話を掛けた。
「まだ、どっちをどっちに行かせるか決めてないけど二人とも頼むよ」
「分かっタ。多分あさってからになると思うけど後で連絡すル」
「婆さんも良夫ちゃんも年寄りだから、セットはなるべく早く教えてくれよ。直前じゃ覚えられない」
中華ソバは、分かったと言って電話を切った。
次の日の夜に、良夫ちゃんの知り合いの家にパチンコ台を運び込んで練習を開始した。
体内時計が狂っていても出来る方法は前日の帰り道に婆さんに教えてある。
今度のセットの方法は数時間前に中華ソバから入った。
別段難しい事は何も無い。
婆さん達が覚えていたセットと、特定の数字が違う事と、待つ秒数が多少違うだけである。
婆さんは、紙に書いたセット自体は1時間程で覚えた。
店の中でセットをする際に、40秒や1分を待つ間、ハンドルから手を離して何にもしていないのは見るからに不自然である。
40秒程の短い待ち時間の方ならば、通常はタバコのライターを探してポケットを漁ったり、出したライターが点かなくて何度も点火を試すなどの、大根役者ばりの演技をする。
演技は人それぞれ自分で演出する。
見た目でバレる打ち子は大概が、演技過剰な大根過ぎる。
しかし、余り見た目だけでバレる奴は多くは無い。
バレるのは、何度も同じ大根役者な打ち子が同じ店に通ったり、店側がデーター的に気付いた場合である。
短い待ちの方ならば、パチンコ台の席を立たずにやり過ごす事が一般的では無かったか。
しかし、長い1分待ちの方になると、席の前に座り続けて演技をしているのは少しだるい。
頭の中で秒数を数えながら、ジュースを買いに行くなどの演技をして、台を離れるのが一般的である。
僕が婆さん達に店で練習させた時は、1度も席を立たせていない。
基本のセットが出来るかだけを知りたかったからである。
演技…
これが上手ければ体内時計など狂っていても構わないと僕は考えていた。
婆さんの役は既に決まっている。
ボケ老人である。
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