「かかって来い…」
カクンカクンする足を引きずって前に出た。
踏ん張らなければ、前に転んでしまいそうである。
なぜか茶髪の目に脅えが走る。
「お前だけは殺す…」
更に一歩前に出た。
茶髪が下がる。
また一歩、足を引きずり前に出た。
茶髪が突然振り返り、後ろに向かって走りだす…
は?
僕はボンヤリ遠ざかる茶髪の後ろ姿を見ていた。
あれ?
逃げた?
なんで?
意味が分からなかった。
良夫ちゃんが半ベソで僕に寄って来る。
「なんだろ、アイツ?」
既に見えなくなった茶髪が向かった方向を顎で指し、良夫ちゃんに聞いた。
「怖かったんじゃないですか?」
まさか…
僕は限界だった…
気合いで凌いだ…?
良夫ちゃんの顔を見た。
髪の毛がボサボサに逆立って鼻水が垂れている。
「うわ! 汚ないよ! 鼻水!」
笑える…
でも寄るな…
僕につく…
振り返り黒髪を見た。
鼻を押さえて、上半身を起こし、俯いて唸っている。
血はシャツの前面までを赤く染めていた。
うぇ…
引くわ…
裏拳はやはり鼻に当たっていたようである。
折れているとは思ったが確認はしていない。
これ以上、黒髪に関わるのは危険だと感じた。
鼻を折られて、なお殴り返して来る根性は恐ろしい。
喧嘩の最中の興奮状態の時に鼻が折れたのでは無い。
アドレナリンが上がっている時ならば、痛みを認知しない奴は沢山いる。
決して珍しい物ではない。
しかし黒髪は、アドレナリンなど上がっていない状態で、不意を突かれて僕に鼻を痛打された。
それで、なお反撃…
戦闘タイプの男…
すぐに向かって来るとは思わなかったが油断がならん。
血だらけで向かって来られたら嫌過ぎる。
「もう行こ…」
僕は良夫ちゃんにそう言って、痺れの取れかけた足で歩き出した。
最後に黒髪に一言言った。
「友達逃げたぞ。良い友達だな… 仲良くしろよ」
黒髪が顔を上げる事は無かった。
良夫ちゃんが僕に肩を貸そうとする。
「やめろや!鼻水つくがな!」
汚いオヤジであった。
この喧嘩以来、僕は人の武勇伝話しを信じなくなった。
聞く度に、嘘つくなと思い続けた。
良夫ちゃんが絡まれた原因は、果物を入れた袋を大きく振っていて、茶髪の足に当てた事が原因である。
大事な果物を入れた袋は振り回すな…
てか、デザートやめろ!!
食わないで、よし!!
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