グシャっと言う手応えと共に、僕の右拳はレシ担男の頬骨の辺りに見事に当たった。
手を出しながらも僕は冷静だった。
失敗した事を知りながらの、右拳であった。
僕のパンチでは人は倒れない。
ましてや顔など殴ったのでは相手の怒りを買うだけであった。
掴まれそうになって、つい反応しただけである。
人の武勇伝などを聞くと、ワンパンチで相手を倒し、動けなくしたなどとよく聞く。
あれは嘘ではないだろうか。
人は、そんなに簡単に倒れない。
ましてや、動けなくなるなどマレである。
相当良いパンチが顎にでもクリーンヒットしなければ無理なような気がする。
強気な奴には、特にそうである。
それを数々の喧嘩で僕は経験していた。
舐められる見た目に、負けん気の強い性格と、生意気な口利きが、いらない喧嘩をよく生んだ。
だから、勝ち負けは別にして、喧嘩慣れはしていた。
ゴトとは一切関係ない知らない人との道端の喧嘩が絶えなかった。
知り合いと殴り合いになったのは、この時が初めてであった。
レシ担男は案の定倒れなかった。
自分的にはノックアウトパンチの手応えであったが、当たった場所も悪かった。
タタラを踏んで堪えたレシ担男は先程よりも、物凄い顔をしている。
怒り頂点…
そんな顔であった。
頭の中を一つの言葉が巡り続ける。
やべぇ!やべぇ!やべぇ!
思う間もなくレシ担男は更につかみ掛かって来た。
先程よりも僕から冷静さは消えている。
かろうじて、目の前が白くなっていないだけであった。
なぜか興奮し過ぎたり、熱くなりすぎると目の前が白くなる。
何も見えなくなったりする。
つかみ掛かろうとするレシ担男に向かい、慌てて左拳を出した。
ペチンと口の辺りにカスッた。
最悪である。
頭の中の言葉が変わった。
うーわ! うーわ! やべー! やべー!
それからは目の前が真っ白である。
僕は前かがみになったのであろう。
首の後ろ辺りの服を両手でガッチリ掴まれた。
頭の中の言葉が変わる…
死んだ!僕死んだ!僕死んだ!
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