その後にも変装はしばしば見た。
髪の毛の分け目を右から左に変えて、普通の眼鏡だけ掛けてくる事もあった。
変装じゃねーじゃん!
その日の気分じゃん!!
「そりゃ無理だろ〜」
呆れて僕が言うと良夫ちゃんは言った。
「平気ですよ。全然違うでしょ?」
コイツ本物のプッチンだな…
年寄りの髪型なんて誰も見てねーよ!
顔が同じじゃん!
更にある…
口にティッシュをいっぱい詰めて来た。
小肥りに見せる作戦らしい…
しかし良夫ちゃんは元々小肥りだ。
「絶対無理!!」
そう僕は言った。
しかし良夫ちゃんは、基本的に僕の言う事を聞かない。
僕を、おかしい人だと思っていた節すらある。
確かに、これらの変装はバレた事がない…
余りにも堂々とやるからだと思う…
帰り道良夫ちゃんに、平気だったでしょ〜と言われた時の、屈辱たるや言葉に出来ない。
ティッシュを口に詰めた時は、口にティッシュが入っている事を忘れ、ジュースを飲んで喉に詰まらせ、死にかけていた。
どちらがおかしいの?
僕かな?
今でも僕は悩んでいる…
聞くと恐ろしいので、良夫ちゃんがどんな変装をするのかは聞かずに、一人目の打ち子に決めた。
そしてもう一人。
静岡の揉め組の、脇坂の兄弟分。
脇坂と組は違う。
関東の巨大組織の男だった。
名前はゴキブリ。
クソヤクザに名前を付けるのもダルい。
後に登場する事があるので一応付ける。
今では顔も本名も忘れたザコキャラである。
脇坂が一ヶ月ぐらい前に言って来た。
「シノギが無くて、苦しい兄弟がソッチにいるんだけど、変造カード一緒にやらしてやってくんねえか?」
ざけんな!
お前らなんぞ、勝手に飢えろ!
ん?
待てよ…
鴨に出来るか?
「カード一枚二千円なら良いよ。そんでも、二、三日連れまわして、根性無しや、ビビりだったら断るよ」
二千円は高い、などとホザいていたが、引く僕ではない。
嫌ならやめな…
鴨にならないヤクザとは付き合わん…
僕が金額を、全く下げる気が無い事に気付いた脇坂は、シブシブ頷いた。
ざまーみさらせ…
脇坂は言う。
「根性は誰にも負けねー奴だから心配すんな」
ホンとかよ…
そう思った。
そのゴキブリを一週間程前からカードをやるのに連れ回していた。
このころ既に妄爺の雀荘は開店していて軌道に乗っていた。
昔の組の人間や、知り合いに声を掛けた所、妄爺の仲間が大挙して訪れた。
妄爺と同じ組だった人間の多くは他の組に移っていた。
麻雀卓が四つの狭い雀荘である。
開店の日、その雀荘の前には開店を祝う組の名前入りの花輪が、無数に並んだ。
「またやられた…」
そう妄爺は言う。
「何を?凄いね」
単純に凄いなと僕は思った。
妄爺は直前まで焼き芋屋のオヤジだったからである。
手の平の水ぶくれさえ消えていない。
ヤクザだったと言う事さえ信じられなかった。
集まる客は、どいつもこいつも運転手付きの高級車でやって来る。
なぜか嬉しかった。
こう言う暮らしを捨てて芋屋をやっていたのかと思うと、妄爺が少し誇らしかった。
僕はヤクザが嫌いである。
それが変わる事は無いけれど。
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