今でも忘れられない光景がある。
外階段を上った先に暗い扉がある。
外灯が扉を照らしていない。
そこに扉が存在するのかすら分からない、漆黒の闇である。
絶望を感じながら、その扉を見上げる男がいた。
その扉であろう位置に、糸のような光りが漏れ始める。
やがて光の量が洪水のように溢れ、一人の男が外へ出た。
次に出た小さい影が、扉の内側に向かって深くお辞儀をする…
なんて事ない プッツン親子だ!
驚く事に婆さんは、僕が教えた方法をアレンジして良夫ちゃんを助け出した。
それは僕が突っ込んで行くよりも正解だったと思う。
この婆、なかなか侮れん。
結局僕は空回りだった…
くるくるぅ~って…
疲れます。
しかし良夫ちゃんは、もっと疲れているようであった。
捕まった時の抵抗が見て取れる恰好である。
髪の毛はグシャグシャでシャツは破け、上に羽織った薄手のジャンバーは、袖が肩口から取れていた。
なぜかズボンのチャックも開いている。
前回捕まった時の、良夫ちゃんの抵抗する姿を見ていた僕は、今回の抵抗を想像して、笑いが止まらなくなった。
まるで雨に打たれたビチョビチョの、うなだれたノラ犬のようである。
完全なる負け犬に見える。
笑いながら、おつかれ~と言って二人を迎えた。
良夫ちゃんの後ろから平然と歩いてくる婆さんを見た時、この婆さんはスゲエ奴だなと思った。
リュウが、はしゃいで騒ぎまくっている。
「スゲェーよ!スゲェーよ!スゲスゲーよ!!」
お前は…
黙れ…
ウザい。
この後聞いた救出劇には、呆れはしたが拍手を送りたい。
良夫ちゃんは抵抗が激しく、五人の店員に取り押さえられていた。
その際に服が破けている。
事務所に連行される時は、五人掛かりで担ぎ上げられたと言う。
その後事務所で地べたに正座させられ、尋問が始まった。
ここでなぜか良夫ちゃんは完全黙秘を貫いた。
「謝ったりしなきゃ警察呼ばれるじゃん?」
「スキが出来たら逃げようと思ったから、名前もなんにも言わなかったです」
完全なる勘違いである。
抵抗しているんだからスキも出来ないし逃げられもしない…
やはりどこか抜けている。
しかしこれが後に良い結果を生んだのかもしれない。
しかし、まだまだ良夫ちゃんには不幸が降りかかる。
良夫ちゃんが抵抗した際、一人の店員のシャツも破れている。
その店員が、黙秘する良夫ちゃんに腹を立て、髪の毛を掴み、頭をグリングリン回した。
それでも喋らないので、横っ面まで張り飛ばされた。
随分酷い店ではある。
ここまで聞いて我慢出来ずに吹き出した。
勘違いで黙秘して、ここまでされている良夫ちゃんがおかしくて仕方なかった。
笑う僕を見て、まわりはドン引きしていた…
この後ホール側は、良夫ちゃんの処置に困ったんだと思う。
服はビリビリ、横っ面まで張っている。
警察を呼べば自分達も多少はまずい。
しかし協議の結果、黙秘している以上警察を呼ぶ事に決定した。
良夫ちゃんはパトカーの中から逃げる事を考えたと言う…
無理です…
絶対に。
調度その時婆さんが、ホールの店員に連れられて事務所に上がった。
僕との電話で、パトカーが来る前なら助かると判断した婆さんは、僕を待たなかった。
謝って許して貰おうと思った。
事務所に入って良夫ちゃんのカッコを見た時、婆さんは謝るのはやめにした。
頭に来たと言う。
そこで婆さんは、その時持っていた変造カードを三枚事務所の店員に見せ「お宅の店の前でみんなに売ってる人から買った。店員だった。それを息子にあげた」と言い張った。
「それ変造カードだよ」と店員に言われたが「そんなの知らないです。息子に手を出した事で訴えます」と言い返した。
店側は年寄りのケンマクに焦ったんだと思う。
三枚の変造カードを買い取るから許してくれと言った。
さらには、良夫ちゃんの洋服代も取って来た…
恐喝である。
僕が婆さんに教えた助かる方法とは【店員から買った】と【ボケたふりしろ】である。
変造カードと知らずに定価で買ったと言えば、逆に被害者と見られる可能性はある。
さらにボケたふりをすれば完璧だ。
店員から買ったと言えば、ボケを強調できる。
年寄りだからそれで通ると思った。
ただそれは自分が捕まった場合である。
まさか助けるのに使うとは思わなかった。
それでも婆さんには、もうゴトはやめて欲しかった。
しかし言っても無駄だと思い、言いはしなかった。
こののち僕は、新しいゴトをする時何度もこの店を的にした。
やりやすい店だと情報を流し、ゴト師を集める事もした。
その度に、ザマアミロと思い続けた。
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