なので僕が渡した一人十万円もノルマだと思い込んだ。
ノルマなど無い。
使い切れなければ回収するなり翌日使う。
しかしカードを余らせたら、クビになると思った二人は、確変を引いた事を幸いに玉抜きを始めた。
婆さんが玉を抜き、何箱か貯まると、計量器に良夫ちゃんが運んで流す。
それを繰り返し、二十万円分の変造カードを、二時間で使い切った。
箱数に直すと40箱近い。
いくら楽な店とは言え驚愕に値する。
その間、婆さんは、確変を引き続けた。
良夫ちゃんも確変中だったが、玉抜きと玉運びに集中した。
その頃僕も、近くの列でぼんやり打っていた。
ホールの雰囲気が変われば大概気付く。
そんな雰囲気の変化の記憶は微塵も無かった。
完璧である。
危険を顧みないガッツが無いとゴトは出来ない。
怖じけづく奴は、挙動が怪しくなり必ずと言っていい程捕まる。
しかし、危険を知らずに突っ込む奴も、また捕まるのである。
今回は成功した。
次回は分からない。
いくつかの注意点を説明した。
カードにノルマは無い事。
一軒の店で大量に短時間で変造カードを使うと、ホールの他店から持ち込まれたカードのデーターに、有り得ない差額として出る。
事務所のコンピューターの前に人が居れば、必ず怪しまれる。
この時は知らなかったがカード会社にもデーターは、日に数回、送られていた。
仲間内で話しをすると、一人が捕まった時、芋づる式にみんな捕まる事。
換金の景品を貯めすぎていると、見逃している店も換金所の前で捕まえようとするはずだと言う事を、分かりやすく説明した。
まったく理解されなかった…
一つ、一つに珍妙な反論をされた。
僕の教えかたが悪いのか…
理解出来ない老人が悪いのか…
疲れてしまう…
それでも、ノルマが無い事だけは理解させた。
ノンビリやりなよと言ってやった。
しかし僕は、頭の中で別な事を考えていた。
こいつらアホや!こいつらアホや!!
誰か、助けてーー!!
この日も当然、妄爺をご飯に誘った。
このぉ!
クサレハゲジジィ!
それから二ヶ月程は、なんの事件も起こらずに過ぎて行った。
相変わらず、ホールでペチャクチャと仲良く話しをしながら、平気な顔でパチンコを打つ、親子の姿があった。
この二人には学習能力が無いのかはたまた記憶喪失なのか、初日から二、三日続けたルールの説明や注意など、どこ吹く風でやり過ごす。
怒りは全くわいて来ない。
余りにホノボノとしたゴト師スタイルに感心さえした。
ノルマが無いと言う事も忘れたのか、最後にはキッチリカードを玉抜きで使い切る。
三人でやり始めて二日目の3時過ぎに、ポンポンと肩を叩かれた。
婆さんだとは気付きながら、あえて肩を叩かれるまで知らない振りをしていた。
緊急の場合以外は、店の中で話さないと、自分が決めたルールだからである。
叩かれたので振り返り聞いた。
「緊急?」
「違います。お昼ご飯の時間だから呼びに来たんです」
平然と言われた…
喋り掛けるなってあんなに言ったのに…
呆れて言った。
「僕いらないから食べて来なよ…」
「だめだめ、お弁当作って来たから車に来てください」
そう言い残し婆さんは店を出て行った。
僕…
ここで何してんだっけ?
行かないとまた来そうだったので店を出た。
お弁当を行儀良く食べてみた。
食べ終わって良夫ちゃんを車の陰に呼んで話しをした。
「頼む!弁当やめさして!」
拝んだ… 拝むしか方法が見つからなかった。
良夫ちゃんの説得のおかげで弁当は次の日からなくなった。
マズかったし助かった。
全てがそんな感じで、僕とはズレていたが稼ぎは順調だった。
良夫ちゃんは、ひと月目には、バンタイプの車を買った。
移動は、全てその車になった。
しかしゴトはゴトである。
平穏が続く事はない。
二ヶ月目に事件は起こった。
あまり二人の近くで打っていると、ハラハラさせられる事が多いので、大体二人とは違う列で僕は打っている。
そこへ肩も叩かず婆さんが言いに来た。
「良夫ちゃんが戻って来ません」
少し前に、店員が一人慌ただしく外に走って行くのを僕は見ていた。
ピンと来た。
店員が走り出た方の扉とは逆方向の扉を指差し言った。
「お母さんは、あそこから外に出て100メートル先ぐらいで待ってな」
そう言って、持っていた変造カードを婆さんに押し付けた。
何かを感じたらしくモジモジする婆さんを脅かした。
「早く行けっての!」
出口に向かう婆さんを確かめて、店員が出た扉に向かう。
扉に着くまでの一瞬の間に、様々な事が頭をよぎる。
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