「この絵一枚で家ぐらい建つんじゃないっすか?僕もこう言うの一枚ぐらい欲しいなあ〜」
「フェイクで良ければ知り合いの画廊を紹介するよ…」
「いや、僕は偽物は嫌いです。だから弁護士を選ぶ時も先生を選んだんです。偽物は見るだけで、引きちぎってやりたくなります」
僕は目から光りを消してただじっとヤメ検の目を見つめた。
ヤメ検の目の中の恐怖が見えた様な気がした。
よし…
とどめだ…
「それじゃ帰ります」
扉に向かい歩いて行ってドアノブを掴んで振り返り言った。
「先生。今回の小池の事件を他の弁護士さんに担当して貰っていたなら、判決はどうなったと思いますか?同じですか?負けたと思いますか?」
「それは分からないよ…」
「そうですか… 分かりました。今度僕が弁護を頼んだ時も、先生は勝ってくれると信じています」
そして絵を指差しながら更に言った。
「この部屋の絵は少し値段が高過ぎます。僕はもう少し安い絵が好きなんです。貧乏育ちなんで」
ドアノブを回して扉を出た。
僕を追い掛けるようにヤメ検が言った。
「君達の事件は、これからも精一杯やらせて貰うよ。努力は惜しまない事を約束する」
「はい、お願いします。失礼します」
僕は一つ笑いを見せて、重厚な作りの扉を静かに閉めた。
この後の弁護から、弁護士費用は1、2割ほど安くなった。
弁護の内容の良し悪しは僕にはハッキリとは分からないが悪くはなかったのではないだろうか。
捕まっていない僕には、裁判の途中経過を、身近に感じる事は出来なかった。
ドジッた手下の裁判に、興味も持てなかった。
小池が釈放された日に、僕に電話を掛けて来た理由は知れていた。
いけない薬の行方を聞きたいのであろう。
小池に会うつもりなど無かったが、僕の予想より高かった、高額の弁護士費用の理由が知りたくなった。
それだけの理由で小池に会う事を決めた。
待ち合わせたファミレスの席で、小池に裁判と弁護士費用の事を細かく聞いた。
小池に別段やつれた雰囲気は見えない。
2ヶ月ほどの拘留では、人の見た目は余り変わらない。
警察署の豚箱や拘置所などは取り調べが終わってしまえば、退屈なだけでやる事などほとんど無いと言う。
ただ閉じ込められて多少規則正しい生活を送らされるだけである。
刑務所経験者は言う。
「豚箱は、ただ退屈で、拘置所は規則にうるさいから欝陶しいけど、天国だな。その先の刑務所は幼稚園児扱いの奴隷で、地獄だな」
似たようなセリフを、僕はいくつも聞いた。
実状は、個別の要素が加わる事で変わるのではないかと感じた。
捕まった先の事など、余り知りたく無かった。
知って腕が縮む事の方が怖かった。
弁護士に対して不満を言う小池に言った。
「知らねえよ。お前は変造カード打たないって約束してたよな。金なんか弁護士に言われただけ黙って払ってりゃ良いんだよ」
「すいません… 兵隊に絶対安全な店だって言われたんで…」
「お前、偉そうに現場に出てる奴を兵隊とか言ってんじゃねえよ!」
「すいません…」
小池はうなだれて下ばかりを見ている。
「受付機が稼動してカード終わったからな。取引も終わりだぞ。真面目に働け」
それだけ言って伝票を掴んで席を立った。
小池が慌てて言う。
「あの!薬どこですか!?」
僕は仕方なく席に座り直した。
「一度だけ言う。全部便所に流した。嘘じゃない。お前、薬の取引だけはやめろ。一度捕まってるんだから真面目に働け。お前には悪事の世界は無理だ。誰かに絶対喰われる。お前が刑務所に入る事になるかならないかは今日からの進む道で確実に決まる。僕はお前がこのままだと間違いなく刑務所に行くと思ってる。どっかに就職決めて来いよ… その時は、僕が捨てた薬代は払ってやる。その時以外、僕がお前に会う事はもう無い。お前はまだ立ち直れる。頑張ってみろよ…」
下を俯く小池を見て、顔を上げろと言いたかった。
しかし、言葉が出ないまま僕は伝票を握って席を立った。
小池の未来には、更なる暗雲が立ち込めていた。
コメント