普通はその隙に逃げる事を選択するのだが、良夫ちゃんの足元には数箱の出玉があった。
良夫ちゃんは簡単に玉を捨てて逃げるような男では無い。
当然の様にポケットの鍵を探して更にジタバタし始めた。
源次はソレを見て焦った。
直ぐに席を立ち良夫ちゃんに忠告をする。
「逃げろ!店員は押さえるから!」
良夫ちゃんは不満な顔をしたが源次の血相に仕方なく玉を捨てて逃げた。
駆け付けた店員に、源次は、良夫ちゃんが向かった扉とは逆方向の扉を指差したと言う。
それにより良夫ちゃんは間一髪助かったのである。
誰がどう聞いても、源次は良夫ちゃんにとって恩人である。
しかし当の良夫ちゃんだけは違う。
源次を、玉を捨てさせた極悪人だと思っている。
源次は人に恩を着せるタイプでは無い。
良夫ちゃんが逃げ切れて良かったと安堵していた。
しかし、助かった良夫ちゃんが、源次に向かい言った言葉はひどかった。
「出玉分弁償して下さい。アナタのせいです」
源次にしてみればポカンである。
助けたのに弁償?
そう言う感じであろう。
僕は二人のやり取りを横で聞きながら、吹き出しそうな笑いを必死に堪えていた。
源次は、言い聞かせようと何度もしていたが、良夫ちゃんの余りのシツコサに温厚な彼も遂にキレた。
「馬鹿じじぃ!!」
それは、長い二人の戦いのゴングになった。
血相を変えてノノシり合う二人…
完全に漫才である。
話しが全く噛み合っていない。
お互いに暴力は嫌いなのであろう。
手などは一切出ない。
完全に、鼻たれ坊主の、幼稚園児の口喧嘩である。
口喧嘩の際の言い分は、誰が聞いても、いつも源次が90%以上正しい。
僕も全く同意見であった。
源次は理詰めで良夫ちゃんをノノシる。
理屈を理解しない良夫ちゃんは、駄々っ子の様な悪口で応戦する。
「黙れウンコ!バカ!ハゲ!チンコ!」
源次にすれば、完全な馬鹿に、ウンコや馬鹿と言われている。
ハゲてもいない。
チンコなどは意味が分からない。
我慢が出来ないのも仕方ないであろう。
源次も途中からは理屈を捨てて感情論になる。
聞いていて、いつも不思議に思ったのだが、ノノシり合いの喧嘩になるとなぜか良夫ちゃんが、いつも優勢であった。
ノノシり合いとは言え、源次の悪口の中には、多少なりにも理屈が混ざる事が原因ではないだろうか。
良夫ちゃんの悪口は、ズバッと下品な単語である。
そこに理屈などは介在しない。
馬鹿と利口が、感情に任せた口喧嘩をすると、馬鹿が勝つ事を知った。
正しい奴が勝つばかりが喧嘩では無いのである。
「ばぁ〜か!ばぁ〜か!お前のカーチャンでーべそ!」」
何を言っても、これでは反撃の言葉も見つけづらい…
源次にしてみれば散々であった。
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