金玉か…
ふと妄爺の店でヤクザ者が自慢げに言っていた、武勇伝話しを思い出した。
「俺は、裏拳一発で相撲取りを倒した」
そう切り出した、ヤクザ者の話しは、すこぶるリアルであった。
その男は、ハッタリなど言わなくても、見るからに強そうなヤクザ者である。
そのヤクザが、倒した相撲取りの部屋と、力士の名前まで言った。
バトルシーンを語る彼の話し振りは、人を引き付ける魅力があった。
話しに不自然な所が無かった為、僕は信じた。
この時の裏拳とは、握ったコブシのコウの部分で相手を殴る事をさす。
聞いた裏拳での倒し方は単純であった。
まずは、倒したい男の左側に、男と同じ方向を見るようにして立つ。
そして、自分の右コブシを握って、ヘソの前に、コウの部分を外側にして置く。
そこから、相手の鼻に向けて右コブシのコウを当てる為に、腕ごと右手を力いっぱい斜め右上に振り上げる。
その裏拳が当たり相撲取りは鼻を骨折して、そのまま後ろに地響きを起てて倒れたと言う。
腕をヤクザ者が言った形で振ってみると意外と力が入る。
その上、正面から殴るのとは違い、コブシが相手の死角から鼻に当たるので、避ける事も難しいように思えた。
何度かの素振りを繰り返して、正面から殴るよりも簡単に相手に当てられるような気がした。
相手のスキさえ突ければイケる…
その内、使って見ようと思った。
正面からの男らしい戦いは僕には向かない。
てかダルい…
なるべく少ない労力で、自分は痛くない勝ち方が望ましい。
三人の所へ向かいながら、黒髪に裏拳を使って見ようと決めた。
金玉を狙う程の怒りが僕には無かった。
何はともあれ人ごとなのである。
金玉潰しは騒ぎが大きくなる可能性が高い。
金玉潰しを使わなくても、一人を一瞬で戦闘不能に出来るのであれば、残りの茶髪と正面からの殴り合いになっても、どうにかなるような気がした。
僕は黒髪を倒した後に茶髪をどうやって楽にやっつけるか考える事に頭を切り替えた。
あと少しで僕が黒髪の横に並べる地点に来た時、良夫ちゃんは、茶髪に髪の毛をわしづかみされてグイングイン頭を回され始めた。
やめろ…
笑わすな…
良夫ちゃんは全くの無抵抗である。
その姿は僕のツボだった。
黒髪の横に並んだ時、僕は声を出さずに笑っていた。
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